問題
武田中学校のバスケットボール部は,部員数8名で活動している。次の大会に向けて,監督は8名のうち,試合に出る5名を選出し,残りの3名を控え選手としなければならない。下の表は,各選手の身長,最近1ヶ月の練習試合でその選手が決めた得点の合計,および,監督による評価(※1)をまとめたものである。
※1 監督による評価とは,監督がふだんの練習や練習試合等をみて,いくつかの観点について各選手を評価し,A(優れている),B(ふつう),C(努力が必要)という3段階で記入したものである。
選手を選んだ理由については,後日,選手の保護者の前で説明しなければならない。そこで,監督は下の表にもとづいて選手を選ぶことにした。[2] [3] [6]の3名を選んだところで,あと2名を誰にするか決めかねている。あなたが監督であるとして,選手 [1] ~ [8] のうち,どの2名を選手にするか [1] ~ [8] の記号で答えなさい。また,その2名の選手を選んだ理由について,保護者の前でどのように説明するか,実際に説明しなさい。
選手 | 身長 | 得点 | スピード | スタミナ | シュートの うまさ |
ディフェンス(守り)の うまさ |
ミスの 少なさ |
部活動の 出席率 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
[1] | 175 | 4 | C | B | B | B | A | A |
[2] | 172 | 10 | A | B | B | A | B | A |
[3] | 164 | 18 | B | B | A | B | A | A |
[4] | 161 | 8 | C | A | C | A | B | A |
[5] | 156 | 20 | A | A | A | C | B | C |
[6] | 150 | 24 | A | B | A | A | A | B |
[7] | 146 | 8 | A | B | C | A | A | A |
[8] | 138 | 14 | A | C | A | B | B | B |
授業例
概要
本稿は,「バスケットボールの選手を選ぼう」という問題を教材化し,実践した授業の報告である。中学校の部活動(バスケットボール部)に所属する8名の選手の中から,試合に出る5名の選手を監督の立場に立って選ぶ場面を設定した。さらに,それらの選手を選んだ理由について,選手の保護者に説明するという場面を設定することで,より公平・公正な考えが求められるようにした。実際の授業においては,公平・公正な選出を考え,数値化するアイデアが出たり,生徒の発言や記述の中に,どのような方針で判断したのかによって,結論が異なるということに言及している事実が明らかとなった。
教材について
この教材は,運動部に所属する生徒にとっては切実な問題である。中学生は選手を選ぶという立場に立つ機会は少ない。しかし,生徒同士の会話の中で,好きなプロスポーツチームの先発選手を予想したり,日本代表チームの選手選考について,予想したり,妥当性を議論したりする経験は少なくない。以上のことから,本問題に対する生徒の関心は高いことが予想される。
バスケットボールに限らず,スポーツにおいて選手を選考する根拠となる要素は多岐にわたり,どの要素を判断材料とするかは難しい問題である。さらに,1つ1つの要素に対する評価の妥当性も問われよう。そこには,選手を選考する側の人間が,どのような方針(価値観)をもっているのかが大きく関わってくる。例えば,バスケットボールでは,シュートやパスのうまさやスピード,ジャンプ力,スタミナなどは大切である。しかし,どんなに技術があっても,ミスのない安定したプレイができるかという視点も重要である。また,ここぞというときの勝負強さ(メンタル面)も重要視されている。
スピードという要素1つをとってみても,直線を走る速さだけでなく,細かく方向転換できる俊敏性も重要となる。20mを速く走ることも大切であるが,短い距離ではやく加速する瞬発力も問われるなど,1つの要素に求められることは多岐にわたる。
このように,生徒の関心は高い題材ではあるものの,判断の根拠となる要素について,どのように扱うかという部分については,生徒にとって困難性がある題材である。そこで,いくつかの意図的な場面設定をすることで,生徒に考えやすい課題となるように工夫した。
第1に,保護者の前で説明するという場面の設定である。このことにより,公平・公正な考えが求められるようになる。先にも触れたように,この課題は生徒たちが自分の方針を押し通してしまい,自分の判断の妥当性を問わない(数学を使おうとしない)ことも考えられる。保護者の前で説明するという条件に合わせ,公平・公正に判断しようとすれば,数値化するアイデアに結びつくことも予想される。すべての要素を数値化したり,いくつかの要素に限定して数値化したり,さまざまな方法で数学化することが期待できよう。
第2に,判断材料となるデータを身長,得点,監督による3段階評価に限定したことである。バスケットボールという競技自体をどの程度知っているかによって,問題の取り組みやすさは変わってくる。したがって,保健体育科での指導内容やスポーツ全体に共通しているような要素に限定することで,より多くの生徒にとって実感のあるデータとした。例えば,監督による評価には,イメージしやすいもののみとした。「部活動の出席率」は生徒の選手選出における方針(価値観)に揺さぶりをかけることがねらいである。技術面を重視するか,取り組み面を重視するか,中学生にとって対立や葛藤が起きやすい部分である。対立や葛藤によって議論が白熱し深まるのではないかと期待し,「部活動の出席率」という項目を設定した。
例えば,得点やスピード,スタミナ,シュートのうまさのある[5]を選んだ生徒に対して,出席率がCであることをあげて,「技術面だけを重視したのではすべての保護者が納得しないのではないか」という議論が起こることが期待される。それに対し,「部の方針として技術面を重視することをきちんと説明すればよい」(判断の基準(方針・価値観)が何だったのか)や「出席率は今後の指導で改善していくことも説明すればよい」(仮定が変われば結論がどう変わるか)など,方針(価値観)についての議論が白熱するであろう。
第3に,問題の単純化である。例えば,3名はすでに決定しており,残りの2名を選出するとしたこと,監督による評価を3段階評価にしたことなどである。実際にはこれらの項目がどのようにして3段階評価されたかという基準も問題となるところであるが,ここまでの部分については,問題の仮定として設定することとした。
第4に,条件設定の工夫である。すでに選ばれている3名には,評価でCを入れないこととし,長所がバランスよく配置されるように工夫をした。選考対象となる残りの5人については,短所のバランスも配慮した。